[4.6] 混合ダブルス


第1幕


第1場-フレイジャーのアパート


フレイジャーは望遠鏡を覗いている。ナイルズが回りでじりじりしている。マーティンはいつものお気に入りの椅子で新聞を読んでいる。
フレイジャー:何てこった…すごい。
ナイルズ:ねえ欲張らないでよ! 兄さんの順番はもう40秒前に終わってるんだよ!
フレイジャー:わかったわかったよ、ナイルズ、もう。[どく]高層階の部屋の右から2番目だ。
ナイルズ:[見て]すっげーー!
マーティン:お前たちがやってることが正しくないてことはわかってるんだろ?
フレイジャー:僕らはすごいレアもののブランクーシの肘掛け椅子を見てるだけだよ、裸の女性を見てるわけじゃないよ。
マーティン:それを言ってるんだよ。
ダフネが玄関の扉から入ってくる。夕べのお出かけの装い。
マーティン:やあ、おかえり、ダフ。
ダフネ:ただいま。
マーティン:帰りが早かったな?
ダフネ:少し。ちょっと…したことがあって。
マーティン:そうなのか? どうした?
ダフネ:ジョーと夕食を食べてたんです。考えられる最高の状況だったんです、で私が「あなたのポテト、気に入らないの?」って聞いたら彼が「いや、今はポテトの気分じゃないだけ」って言ったんで、「あなたポテト食べないの、じゃあ何なら私のポテトを…」
フレイジャー:ダフネ? ポテト後の会話に進んでみないか?
ダフネ:ええ、彼がそう言って、そしたら彼、僕らはずっとくっついたり離れたりを繰り返してきたけど、このままじゃ先もないし、別れるのがいいかもしれないって言い出したんです。
マーティン:そうだったのか、気の毒に。よくこらえたな。ああ、ジョーが今夜君を振ることになるって教えてくれてたらわしゃ—
ダフネ:ああ、私、彼に振られちゃったんだ!
泣き出す。
マーティン:誰かこの子を慰めろ!
ナイルズ:よしきた!
ナイルズはここぞとばかりにダフネを抱きしめようと近づく。しかしフレイジャーが先に着き、ダフネはフレイジャーの肩にすがって泣く。
ダフネ:ああ、恥ずかしいことです。
フレイジャー:いやいや、気にしなくていいよ。自分の気持ちを表現することは必ず有益なんだ、自尊心を犠牲にしてもね。[ダフネがフレイジャーのスーツの襟で鼻をかむ]それからとっても上等なおニューのイタリア製シルクの背広を犠牲にしてもね。
ダフネは泣きやまない。
フレイジャー:僕じゃうまくできないみたいだな。誰かやってみる?
ナイルズ:まかせて。
ナイルズはまた彼女を抱きしめようと進み出るが、今度はマーティンが先に着く。
マーティン:な、ダフネ、よしよし。奴とは別れた方がよかったよ。あんな奴はろくでなしだ。
ダフネ:彼は私の人生の最高のものだったんです!
マーティン:そうか。だが、たぶん相性がよくなかったんじゃないか? つまりさ、君はシャンパン・キャビア系の女の子だが彼は肉ポテト系の男だったんだ。
ダフネ:[思い出して泣く]ポテト!
マーティン:俺もダメだ。
ナイルズ:僕がやってみるよ、父さん。
3回目に進み出ると、玄関のベルが鳴る。
ダフネ:私出ます!
彼女は行ってしまい、ナイルズは欲求不満なまま残される。扉を開けるとロズ。
ロズ:こんにちは、ダフネ!
ダフネ:[泣きながら]ロズ…
ロズ:まあ、振られたのね![彼女を抱きしめながら肩越しにフレイジャーを見て]彼女を玄関に出させたの?
フレイジャー:自分で出るって言ったんだ!
ロズ:[ダフネに]ああ、いいのよ、大丈夫よ。
ダフネ:ごめんなさい。私、泣き出さずに彼の名前を聞けるところまでまだ行ってないわ。
ナイルズ:みんな聞いた? だって誰も「ジョー」って名前言ってないよ!
ダフネはまた泣き始める。ナイルズは飛んで行こうとするが、フレイジャーが制して腕を叩く。ロズがダフネを部屋に連れていく。
フレイジャー:ブランデー飲む、ナイルズ?
ナイルズ:あ、飲む。ありがとう。フレイジャー、僕、重要な決心をしたよ。ダフネに僕の気持ちを伝える。
フレイジャー:何だって?
ナイルズ:今晩告白するよ。
フレイジャー:本気なの?
ナイルズ:心底本気。マリスと僕は到底和解しようがないよ。これが正しい決断だ、だって僕は完全に平静だから。見て。
ナイルズはしっかりしていることを見せようと一方の手をを出す。しかし、フレイジャーのアフリカ彫刻に置いたもう一方の手がひどく震えて、像がカタカタ鳴る。
ナイルズ:ブランデー飲もうかな。
フレイジャー:ナイルズ、こんなふうにあわてて何かする前に、あらゆる角度からことを考えるべきだよ。
ナイルズ:僕は三年間ダフネのことをあらゆる角度から考えてきたよ。
フレイジャー:今が告白のいい機会なのか僕には怪しく思えるけど。
ナイルズ:いやいや、僕を揺さぶろうとしても無駄だよ。何ヶ月も練習してきたんだ。「ダフネ、話したいことがあるんだ。つまり…ダフネ、長い間、えーっと…君と僕、僕たち、」—気付け用のブランデーまだ? セントバーナード[訳注:救助犬]にでも運ばせてるの?!
フレイジャー:ナイルズ、僕はただダフネの精神状態を考えるべきだと思ったんだ。彼女はジョーと別れてまだ動揺してるところなんだから。な、あと一日待ってみたらどうだい?
ナイルズ:一日?
フレイジャー:一日。一日だけだよ! これだけ長く待ったんだ。一日くらい大して違わないだろ。
ナイルズ:わかった。
ロズがダフネを連れて出てくる。
ロズ:ねえ、ダフネ、宝石が大していいものじゃなくてセックスも大してよくなかったんだったら、何を本当に失ったって言うのよ?
ダフネはまた泣き始める。
フレイジャー:ドクター・ロズが「ガボール[訳注:*バンクーバーを拠点とする著名な精神科医だそうです]のセラピー・アプローチ」で切り込んできたぞ!
[訳注:次の部分はスクリプトにはありますがUK版DVDにはありません]
ロズ:私、ダフネを外出に連れ出して気を紛らせるようにしたげるわ。これあなたのテープ。[テープをテーブルに置く]
フレイジャー:あっ、ありがとう、ロズ。
ダフネ:二人とも、支えてくれて本当にお礼を言いたいわ。
フレイジャー:ダフネ、バカなことを。三年も一緒にいたんだから、君は本当に僕らの家族の一員なんだ。
電話が鳴る。
ダフネ:[まだ泣きながら]私出ます。
ダフネは部屋を横切って電話を取りに行く。ロズはフレイジャーの方に進み出て、睨みつける。
フレイジャー:自分で出るって言ったんだ!
溶暗

第2場-フレイジャーのアパート


翌朝。マーティンはテーブルで新聞を読んでいて、フレイジャーはCDを調べている。
マーティン:昨夜のソニックスは何考えてるんだ? アークの後ろから[訳注:3点エリアからのシュート]が15本に2本なら、何でペイントのビッグマンに押し込まないでツーガードに渡すんだ?
間。
フレイジャー:エディ、お前に質問してるんだと思うよ。
マーティン:なあ、お前もスポーツに興味を持ったら最終的には楽しめるようになると思うよ。ドラマあり、優雅な技あり…
フレイジャー:ありがと、父さん、でも正直僕はパヴァロッティの『道化師』の嗜好で十分満足してるよ。父さんにはペイントのビッグマンがいるし、僕には僕のがいるんだ。
玄関のベルが鳴る。フレイジャーが扉を開けるとナイルズが大きな花束を胸に当てて持っている。
フレイジャー:やあナイルズ。
ナイルズ:こんにちはフレイジャー。
フレイジャー:お前の襟飾りの花が大きすぎたか、さもなきゃ昨夜の計画を実行しに来たんだな。
ナイルズ:兄さんの全面的な支持が得られないのはわかってるよ、でも…どう言えばいいんだろう?
フレイジャー:気にしない?
ナイルズ:おっと、「ねずみのケツ[訳注:よけいなお世話]」って慣用句がわかるんなら献上するよ。本当のところは、僕はひとりぼっちはもううんざりなんだ、だから僕がずっと思ってた女性がフリーになったんならもうひとりぼっちでいる理由はないんだよ。
フレイジャー:うん、そうか、樹上のおうちから傘さして飛び降りようとしたときに言ったように、「自分が何をしようとしてるか知ってるよね」。
マーティンがポテトチップのボウルを持ってキッチンから現われる。
マーティン:やあ、ナイルズ。
ナイルズ:こんにちは、父さん。
電話が鳴る。
フレイジャー:[答えて]もしもし? あ、ちょっとお待ち下さい。父さん、ダフネは部屋にいる?
マーティン:さあ、知らんね。[怒鳴る]ダフネ! おおいダフ! ダフネ!
フレイジャー:頼むよ、僕も叫べるよ![電話に]このままお待ちいただいていいですか?
フレイジャーは廊下に行く。
マーティン:これやるのに30年待ったよ。
ナイルズ:お父さんはたぶん僕がこの花で何しようとしているのかなって思ってるよね。
マーティン:えーっと、お前が言うなら考えてみるか—
ナイルズ:僕言うよ。花はダフネにあげるの。彼女に僕の気持ちを伝えるつもりなんだ。
マーティン:へえ、そりゃよかったな、ナイルズ。
ナイルズ:「そりゃよかった」?
マーティン:ああ、そうさ。お前は独身になった。彼女は独身だ。何がいけない?
ナイルズ:[笑い出して]すごくおかしい。
マーティン:何が?
ナイルズ:思ってたリアクションと全然違うから。僕は父さんがもっと父親っぽいことを言うと思ったんだ、例えば…
マーティン:気でも違ったのか?
ナイルズ:[笑って]そう。
マーティン:100万年かけても彼女はうんと言わんぞ?
ナイルズ:[まだ笑って]やめてよ!
マーティン:いつかお前はこのことを思い出して、それがどんなにくだらなくてバカなことだったか—
ナイルズ:[笑うのをやめて]やめてって言ったの、父さん。
ダフネとフレイジャーが出てくる。ナイルズは立って、恥ずかしそうに花を背後に隠す。
ダフネ:おはようございます、ドクター・クレイン。
ナイルズ:やあ、ダフネ。
ダフネ:あら、ドクター・クレイン、カッコイイじゃないですか。[電話を取る]もしもし? あらロドニー、お電話くれてうれしい! ええ、私も楽しかった。えっ、あら、いいわ、素敵そう。じゃあ4時頃に。さよなら。[電話を切る]
フレイジャー:ロドニー?
ダフネ:ええ、信じられないかもしれませんけど、昨夜、ロズが自分の知ってるバーに私を連れてくって言ってきかないんです。そのバー、ロズは「シュア・シング[訳注:「必ず出会える」と同時に「必ずヤレる」意もある]」って呼んでるんですけど。
フレイジャー:それは自慢になるね。ロズにちなんでバーの名前をつけたんだ。
ダフネ:ロズがそのバーに友だちを連れてったら、必ず誰かと付き合うことになるって言うんです。で、10分もたたないうちにロズが私が座ってたスツールをクルリと回したら、その素敵な男性と向かい合わせになったんです。
マーティン:ロドニー?
ダフネ:そうなんです! 他の人とデートするのはちょっと早いと思ったんですけど、ぐずぐずしていたら、私が準備ができたと思ったときにはもう手に入らないかもしれないんですもの。
ナイルズ:タイミングがすべてだよね。
ダフネ:ロズにすぐ言わなくちゃ!
彼女は廊下を走り去る。
ナイルズ:「一日だけ待て、ナイルズ」。すごく立派な忠告だったね?
フレイジャー:ごめん、ナイルズ、本当に悪かったよ。何と言ったらいいか。
ナイルズ:[花をテーブルに落として]昨夜のうちにそう思ってなくて残念だったね。
マーティン:がっかりするな。
ナイルズ:しないつもりだよ。まだ頼みの綱はある。[フレイジャーのローロデックス[訳注:回転式名刺ファイル]をつかんでめくり始める]ロズに電話して僕もそのバーに連れて行ってもらうよ!
フレイジャー:ナイルズ、本当に—出会いバーに? 頼むよ、お前ははっきりと考えていないんだ。お前の活動領域とはちょっと違うだろ? ねえ、あと一日待ってよく考えてみたら…[ナイルズが睨んだのでやめる]じゃ、僕が電話してあげる。
溶暗/場面転換

そこでは皆が彼女の名前を知っている[訳注:CheersのタイトルソングWhere Everybody Knows Your Nameより]

第3場-グランビルズ


ハイソな出会いバー—ピアノ、スツールを置いたカウンター、テーブル。まばらに客がいる。ロズがカウンターに座っている。ナイルズが少しオタオタしながら彼女の背後から近づいてくる。
ナイルズ:さて、来たよ。口すすいでくるの忘れて、靴下がチグハグで、それにあんまり不安でチビっちゃうかも。
ロズ:まず少なくとも、話しかけるときのセリフだけ考えておきましょうよ。
ナイルズ:しばらく我慢してくれよ、ロズ。僕の「ミリュー[訳注:仏語「環境」]」とはちょっと違うんだ。
ロズ:わかった、レッスンワンからやりましょう。「ミリュー」なんて言葉を使うぐらいだったら、唇にできものができてて二、三の人子連れのほうがましよ。
ナイルズ:君の言うとおりにしよう。
ロズ:座って楽にしたら?[ナイルズはロズの隣に座る]気分良くなるわよ。知っとく必要のある約束がいくつかあるの。一つめ、自己紹介するときには可能な限り気さくにね。二つめ、女性の髪を褒めて褒めすぎってことはないってこと。浅薄に思うかもしれないけど、これ本当に効くから。それから三つめ、相手の言葉のいちいちに聞き入って—魅せられたように。さあ行こう。
ナイルズ:「行く」ってどういうこと?
ロズ:やってみるときってこと。
ナイルズ:心の準備がまだ。
ロズ:もう、私はちっちゃな赤ん坊たちをたくさん水に投げ込んできたの、そしたらみんな浮かび上がって上手に泳いでるのよ。さあ行って。
ナイルズ:いやいや、たぶん無理、まだ、やることが—
ロズはナイルズが座っているスツールをクルリと回す、すると彼は魅力的なブロンド女性と向かい合わせになる(アデル)。
ナイルズ:やあ。
アデル:こんばんは。
ナイルズ:お邪魔じゃないですか。
アデル:いいえちっとも。アデルよ。
ナイルズ:ナイルズです。[握手]それで、「アデル」って…綴りにエルが一つ、それとも二つ?
アデル:二つよ。
ナイルズ:[魅了されたように]本当に?
ナイルズはカウンターに肘をついて手に頭を載せる。ロズは微笑んで「彼を屋根から突き落としたら、空を飛んでるわ」と考えている。

第1幕了



第2幕


にらめっこ名人

第4場-フレイジャーのアパート

夕方。フレイジャーとエディは食卓を挟んで向かい合わせに座って、にらめっこをしている。マーティンが出てくる。
マーティン:やっても無駄なのに。
フレイジャー:いいや無駄じゃない。
マーティン:勝てっこないよ。
フレイジャー:年がら年中見つめられてるのがどんな気分かエディが学ぶいい機会なんだ。さあこい坊主、負けるもんか。俺に触れるもんなら触ってみろ、俺は—あーもう![負けて自分の目を押さえる]何だかエディの目が'魔法使いの風車みたいになってぐるぐる回り始めた!
玄関のベルが鳴る。
マーティン:握手して「お見事」って言わなきゃな。
フレイジャーは一瞬そうしようかと考えるが、やっぱりしないことにする。マーティンが扉を開けると、ナイルズとアデルが夕べのお出かけの装いで現われる。
マーティン:やあ、ナイルズ! 入れ。
ナイルズ:父さん、こちらはアデル・チャイルズ—父のマーティンです。
マーティン:初めまして。[握手]
ナイルズ:それからこちらは僕の兄のフレイジャー。
フレイジャー:やっとお会いできてうれしいです。
アデル:初めまして。
ナイルズ:大丈夫? 目が変だよ。
フレイジャー:いや、大丈夫、それがちょっと—あ、これが君たちのチケットだ。[ナイルズに渡す]
ナイルズ:ありがとう。
フレイジャー:なあ、出かける前にコーヒー飲む時間ある?
アデル:いただきます。
フレイジャー:よかった! リモージュのコーヒーセットのお披露目の機会をもらえた—ヘンリー八世の六人の妻シリーズなんだ、一脚一脚が別々の奥さんなの。付き合いのあるアンティーク屋が「アン・オブ・クレーヴズ」を見つけてくれてセットが揃ったんだ!
フレイジャーはキッチンへ行く。
マーティン:これのことばっかり言うんだ。わしは原始家族フリントストーンの「ウィルマ」をいまだに探してるんだよ。それでジュースのコップのセットが揃うんでね。
ナイルズ:手伝うよ。[アデルに]ちょっとごめん。
キッチン。ナイルズは入ってきてフレイジャーと一対一になる。
ナイルズ:で、どう思う?
フレイジャー:すごくいい子みたいじゃないか。
ナイルズ:素晴らしいんだ。まだ3回しかデートしてないけど、救われた気分だよ。もう僕はみじめな負け犬になるんじゃないかって心配しなくていいんだ、結婚に失敗して、哀れな独身生活を…[フレイジャーが睨んでいるのを見てやめる]満ち足りて楽しく過ごすんだ!
フレイジャー:そういうふうにバックするときにはピーピー音を鳴らさなくていいの?
二人は居間に出てくる。
フレイジャー:さてと、コーヒーはもうすぐできますよ。
アデル:で二人で何をひそひそ話してたの?
玄関のベルが鳴る。
ナイルズ:いや、何も—ただ自分の人生はこんなもんだと思ったら必ず何か予測しないことが起こるのはどうしてかってね。
ナイルズが扉を開けるとダフネが現われる。
ダフネ:ごめんなさい、鍵を忘れちゃって。ただいま。あ、みんな、こちらはロドニー・バンクスです。
入ってきたのはナイルズに瓜二つの人—同じ身長、同じ風采、同じ髪型、同じ端正なスーツ、同じ堅苦しい身のこなし—唯一の違いは、ロドニーの髪が茶色なこと。
ダフネ:ドクター・ナイルズ・クレインです。
ナイルズ:初めまして。
ロドニー:お会いできてうれしいです。
握手。それからお互いの完璧な鏡写しで二人はハンカチを取り出し手のひらを拭う。フレイジャーとマーティンは見つめている。ダフネは間に立っているが気づいていない様子。
ロドニー:インフルエンザの季節ですからね。
ナイルズ:注意に越したことはないですよね。
ダフネ:そしてこちらがドクター・フレイジャー・クレイン、お父様のマーティン。それから…
ナイルズ:アデル・チャイルズです。
ダフネ:こんにちは。
アデル:こんにちは。
ダフネ:私たち、マリーナで最高に素晴らしい一日を過ごしてきました。
マーティン:そうか、ボートに乗った?
ロドニー:実際は乗ってないんです。僕、三半規管が弱くて船酔いしやすいんで。[マーティンは疑うようにフレイジャーを見る]でも素敵なビストロがあってそこの料理がまた素晴らしい—
電話が鳴る。またお互いの鏡写しのように、ナイルズとロドニーは携帯電話を取り出してパカッと開ける。
ナイルズ:僕じゃない。
ロドニー:僕じゃない。
鳴ったのはコードレス子機だった。マーティンが取る。
マーティン:もしもし? あっ、わしは今話せんのだよ、デューク。トワイライト・ゾーンにいるんだ。[切る]
フレイジャー:えーっと、コーヒーいかが?
ダフネ:あ、いただきます、ありがたいです。
マーティン:わしも手伝うよ、フレイジャー!
マーティンは立ってフレイジャーを追ってキッチンに入る。着くやいなや
フレイジャー/マーティン:一体あれ何?!
フレイジャー:二人を見分けられるように本物のナイルズに小さく赤い印をつけとかなきゃ!
マーティン:ナイルズは気が狂いそうになるぞ!
ナイルズが入ってくる。
ナイルズ:手伝おうか?
マーティン:いや、大丈夫だよ、ナイルズ。[ナイルズは戻ろうとする]あ、待て、ちょっと待て! なあ、えーっと…ロドニーのことどう思う?
ナイルズ:うーん、今のところ大して感心しないね。ちょっともったいぶったかっこつけ男ってとこ?
マーティン:彼見て、あー、誰か思い出さないか?
ナイルズ:誰か…
ロドニーが入ってくる。
ロドニー:あのすみません、僕のコーヒーについてちょっといいですか? 言い忘れたんですが、ミルクはスチームしていただいて、泡は少しにして、静かな池に積雲が反映したような効果を醸し出していただければありがたいです。
ナイルズ:任せて下さい。
ロドニーは微笑んで出て行く。
ナイルズ:僕、自分を殺してしまいたい!
フレイジャーとマーティンは笑う。
マーティン:ああ、ナイルズ、おかしいね!
ナイルズ:おかしくない! おかしいのとは程遠いよ! フレイジャーがダフネにアプローチするなと言ったその晩にダフネはあいつにひっかかったんだ!
フレイジャー:俺に当たるなよ!
ナイルズ:いやいや、フレイジャー、僕は感謝してるよ。[包丁を掴んで]さあ来い、僕がどんなに感謝してるか教えてやる!
マーティン:[割って入って]ナイルズ、落ち着け!
ダフネが、砂糖壺とクリームのピッチャーを取りに入ってくる。
ダフネ:ロドニーって素敵でしょう?[全員が同意]ね、私、ジョーと別れた瞬間が、「ダフネ、全く新しいタイプの男性と付き合う時機だ」って声が聞こえたときだ、って思うんです。
ダフネは去る。ナイルズはヘラをつかむ。
ナイルズ:お前はもう死んでいる!
マーティンがまた割って入る。
フレイジャー:お客さんにコーヒーを出そうよ!
フレイジャーとマーティンはコーヒーのカップを居間に持っていく。
フレイジャー:さあ、コーヒーが来ましたよ。ミルクは、まだナイルズがスチームしている最中です。
ロドニー:コーヒー淹れたてのカップほど素晴らしい香りのするものはありませんね。いや、たぶんもう一つあった。
彼はダフネの髪の匂いをかぐ。
ダフネ:あら、やめて![笑いながら]彼ったら私の髪の匂いをかぐのが本当に好きなんです!
キッチンから物の割れる音。フレイジャーは縮み上がる。マーティンは「やった」と思う。
フレイジャー:[うちひしがれて]アン・ブーリン?
ナイルズ:[場面外から]キャサリン・オブ・アラゴン。
溶暗/場面転換

第5場-カフェ・ナヴォーサ


ナイルズは扉に背を向けてテーブルに座っている。フレイジャーが入ってくる。ナイルズはフレイジャーに気づいて、そっぽを向く。
フレイジャー:ああ、頼むよ、ナイルズ。電話も取らないで'、僕のことを無視して。まるでふくれた若い奴のふるまいだよ。[座る]もうやめないか?[気づいて]僕の椅子にガムくっつけたろ?
ナイルズ:うん。
フレイジャー:[ガムをはがしながら]ナイルズ、聞けよ、お前を間違った方向に導いたんだったら本当に申し訳なかったよ。でも考えても見ろよ。素晴らしい新たな女性が今人生に現われたんだよ、そうだろ?
ナイルズ:そうだね、ま—僕もそう思う。
フレイジャー:で、アデルはお前を幸せにしてくれる、だろ?
ナイルズ:[元気になって]そうだ。[クスクス笑い]うん、確かにそうだ。
フレイジャー:な、じゃあ、僕の忠告を少しでも受け取ってくれたんなら、これも受け取ってくれよ、つまりアデルはたぶん間違いなくお前の幸せにつながるよ。
この言葉がフレイジャーの口から出たとたんに、アデルがカフェに入ってくる。ロドニーと腕を組んでいる。二人は角の仕切り席に一緒に座る。ナイルズには見えていない。
フレイジャー:でも間違ってたりして…
ナイルズ:いや、間違ってないよ。アデルは素敵な優しい女性だ。
フレイジャーは神経質に笑う。
ナイルズ:彼女は明らかに僕みたいなタイプの男性に惹かれるんだね。
フレイジャー:うーむ。
ナイルズ:アデルのことを考えてるだけで気持ちが浮き立ってくるよ。フレイジャー…ありがとう。
フレイジャー:ナイルズ、あのー…[ため息]見ろよ。
ナイルズは振り向いて見る。彼はカーッときてフレイジャーを見る。
ナイルズ:信じられない! 裏切りだ! ダフネにこんな仕打ちを与える奴は許せない!
彼は怒って立ち上がる。フレイジャーが止める。
フレイジャー:ナイルズ! 何をするつもりか知らないが、殴り合いの喧嘩はするなよ。何もかもあまりに不気味に見えるからな!
ナイルズが進み出る。
ナイルズ:やあ、アデル。
二人は見上げる。
アデル:[驚いて]あら、大変。
ロドニー:イケないことをしているように見えるかもしれないが、実際のところは—
ナイルズ:いい加減にしろ、この笑いもののめかし男め。何が起こっているかははっきりわかってる、自分の席から一部始終を見てたよ。
アデル:電話するつもりだったの! つまり、ロドニーと私は…ごめんなさい。
ナイルズ:僕も残念だよ、アデル。でも僕がいちばん気の毒なのはダフネだ。あのかわいそうな子にどんなふうに伝えるつもりだ?
ロドニー:今夜グランビルズで言おうと思ってたんだ。飲む約束をしてるんで。
ナイルズ:グランビルズか…じゃあ彼女のために頼もう。僕から伝えるよ。友人からの方がマシだろうから。
ロドニー:わかった、たぶん君の言うとおりだ。僕から済まなかったと伝えてくれ。時には、ひとりの男が運命の女性と出会ってしまったら、[アデルの手を優しく握りながら]もう逆らうことはできないんだ。ダフネがわかってくれることを望む。
ナイルズ:僕もそう望むよ。
ナイルズはカフェを出る。フレイジャーが進み出る。
フレイジャー:ロドニー…[怒った声で]アデル。
フレイジャーはコートを取って出ようとするが、戻って来る。
フレイジャー:ちょっといいかな、ロドニー、君に一つだけ聞きたいことがある。君にはお兄さんがいるかい?
ロドニー:実はいます。兄は常に家族の誇りでね—ハンサムだし、出世してるし、頭もいい。僕はいつも兄がうらやましかったですね。
フレイジャー:ヘンな奴。
出る。ロドニーとアデルは少しきょとんとした様子。
溶暗/場面転換


第6場-グランビルズ


同じ夜。ダフネは赤ワインのグラスを前にカウンターに座っている。ナイルズが入ってくる。
ナイルズ:やあ、ダフネ。
ダフネ:こんばんは、ドクター・クレイン。
ナイルズ:僕を見ても驚かないようだけど。
ダフネ:遅れたんで、ロドニーの携帯に電話したんです。そしたら彼が全部教えてくれました。
ナイルズ:そうだったの。かわいそうに。
ダフネ:あなたもお気の毒に。[グラスを上げて]一緒に悲しみに暮れませんか?
ナイルズ:そうしよう。[バーテンダーに]これもう一つお願い。
[バーテンダーはナイズルにもワインを注ぐ]ありがとう。[ダフネに向かって]でも、僕はアデルを本気で責めることはできないんだ。ロドニーは女性が好きになるタイプの男だからね。
ダフネ:[悲しげに]ええ、そうですね。
ナイルズ:ごめん、気を悪くさせるつもりじゃなかったんだ。
ダフネ:そんなことないですよ。今は、彼の欠点の方を聞きたいような気分なんです。
ナイルズ:そうだな、彼はちょっと小賢しくて、ちょっと細かくて…
ダフネ:何でもきちんとしてないと気がすまないし、変なくらいきれい好きだし、それに着てる服も、気取った靴も—
ナイルズ:今僕らがいる方の道は好きじゃないな。いやつまり、僕たちの将来について話した方がいいんじゃないかな?
ダフネ:私もそう思います。一つ言いましょう。こんなことがあった後は、次の彼氏がかわいそうですね。その人をズタズタにしちゃいそうです。
ナイルズ:その次の彼氏はどうかな?
ダフネ:男ってのは本当に無情になれるものなんですね。私が彼氏と別れたばかりだと聞いた瞬間のロドニーったら、獲物を仕留めようとまっすぐやってきたんです。男ってみんなそうなのかしら?
ナイルズ:みんなじゃないよ。
ダフネ:そりゃそうですよね。あなたは違いますもの。ナイルズさんは親切だし繊細です—言わせてもらえば、あのアデルにはもったいなかったですよ。
ナイルズ:ありがとう、ダフネ。まあ正直、本気で付き合おうと思ってたわけでもなかった。
ダフネ:そんな感じでした。
ナイルズ:僕の心にはもっと大事な人がいた。
ダフネ:お気持ちわかります、ドクター・クレイン。
ナイルズ:わかる?
ダフネ:ええ。奥様にまだ気持ちが残っている限りは、他の女性とはなかなか関われませんよね。当然だと思います—他の人と別れた男性とは私も付き合おうと思いませんもの。
ナイルズ:君と会ったその日から君に夢中になっていたとしても?
ダフネ:そう言わない人がいると思っちゃ大間違いですよ![笑って]いえいえ、私自身が少しきちんとお別れする必要があると思うんです—つまりジョーからね。新しく人と付き合う前にもっと時間をかけます。
ナイルズ:うん、それを聞いてうれしいよ。
ダフネ:[クスクス笑いながら]ね、面白いですよ、考えてみて—私たち二人、今週この同じ出会いバーに来たんですよ? このスツールにいたときにロドニーに会ったんです。
ナイルズ:僕もアデルに会ったときここに座ってた。[ダフネがまたクスクス笑い]何?
ダフネ:ちょっと考えたんですけど、私たち二人の人生の別の時期だったとしたら、私たち、こうやって会ったかもしれませんよね。そしたらどういう成り行きになったと思います?
ナイルズ:何、僕たちの会話?
ダフネ:そう、やってみて! ちょっと遊びで—私たちには笑いが必要ですもの。
ナイルズ:わかった、えーっと…まず僕が「この席、どなたかいらっしゃいますか?」って聞くでしょ。そしたら君が「いいえ」って言う、「私ダフネと言います」、そしたら「僕はナイルズです」って言うんだ。そしたら、僕が…「残りの人生どうする予定[訳注:古いヒットソングのタイトル/プロポーズの言葉]?」って聞くんだ。
ダフネ:[笑う]まさに言うべきことが必ずわかってるのね。[そして友が言うように]ああ、あなたが大好き、ドクター・クレイン。
ナイルズ:僕も君が大好きだよ、ダフネ。

第2幕了


エンドロール

フレイジャーのアパート。フレイジャーはまたエディとにらめっこをしている。が勝てない。マーティンがフレイジャーにどけと言う。フレイジャーはどく。マーティンはエディの向かいに座って、したたかにらむ。エディは負けて逃げる。マーティンはフレイジャーに微笑む。

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