[4.2] ブルドッグ恋で痛い目に遭う


第1幕


第1場-KACL


ブルドッグがブースの外で電話をかけている。
ブルドッグ:ねえ、いい子だから。しばらく頭を冷やした方がいいってだけのことだよ。つまりさ… えーっと、… 君が何か好きなものがあるとするだろ、それがどっか行っちゃってもほっとけってこと。戻ってきたら… そんときゃそんとき。まあそんなとこさ。誤解するなよ、俺だってすごくつらいんだぜ。
そこにフレイジャーが通りかかる。ブルドッグは「捕れ!」と叫んでテニスボールを投げる。フレイジャーはキャッチしようとするが、熱いジャガイモを触るようにつかみかけて、結局はやけを起こして投げ出し、ブースに入って行く。
ブルドッグ:[電話を続けている]さあ、もういいだろ。泣くなよ。俺も忘れないぜ、サンディ。え、リンダ? そうなの? お姉さんと話してるつもりだったよ。ま、いいや、姉さんにそう伝えといてくれ。
[電話を切る] その間、フレイジャーはブースに入っている。ロズが入ってくる。
ロズ:ねえ、フレイジャー、ちょっといい?
フレイジャー:もちろん、ロズ。何だい?
ロズ:えーっと、あなたはこんな考えきっと好きじゃないし、文句を言って、言い訳をひねり出して、いずれにせよいやだって言うと思うわ。
フレイジャー:それ、僕が元奥さんのリリスを口説くときに言ってた言葉とおんなじ。
ロズ:いいわ、言うわ。私の友だちがいて、あなたとぴったりだと思うの…。
フレイジャー:それで彼女と飲みに行ったらどうかって? そして夕食食べて、その後どこに行くかはお楽しみってわけ?
ロズ:まさにそのとおり。
フレイジャー:[突然、何かを気にかけるように]わっ、ちょっとロズ、聞こえる?
ロズ:何?
フレイジャー:よーく聞いてごらん、そしたら僕に鳥肌が立つざわざわって音が聞こえるよ!
ロズ:わかってるわよ、ブラインドデートなんてくだらないわよ。でも彼女は私の友だちで、そして私はあなたのことを心配してるの。
フレイジャー:なあ、ロズ。
ロズ:あなた、最後にデートしたの、いつ? もう1年くらいになりそう。
フレイジャー:冗談じゃない、そんなに前じゃないよ。お笑いぐささ! ばかばかしい! 最後は…。[考えながら]えー… あー、ちょっと待って… えーっと、クリスマスツリーはまだ出てたな。何てこった!
ロズ:彼女はシャロンって言うの。身長は170センチ…。
フレイジャー:待てよ、ロズ、興味ないね。
ロズ:でもすごくいい子なの。気が利いてて、面白くて、元プロゴルファーだったのよ。単にぴったりの男性に出会えてないだけ。
フレイジャー:女性ゴルファー。さて、ぴったりの男なんているのか?
ロズ:何人も付き合ってはいるのよ。
フレイジャー:[ブリーフケースを取り上げて]僕以外でね。
ロズ:チェスもやるわ。あなたの番組も大好きなの。[フレイジャーはドアから出て行こうとする]それから、こんなこと言ってもあなたみたいな人には関心がないのはわかってるけど、フィットネスジムでシャワーを浴びてるのを見たんだけど、彼女ったらボー・デレクでもボ・ディドリーに見えちゃうくらいのナイスバディなのよ!
フレイジャー:[戻ってきてドアから頭だけ出して]チェスをやるって言った?
ロズはにっこりして頷く。

フカフカのネルの裏地ほど「あなたが好き」と言ってくれるものはない

第2場-フレイジャーのアパート


マーティンがエディを連れて散歩から帰ってくる。しかしエディの姿は見えない。マーティンのズボンは足首までびっしょり。ダフネが台所から出てくる。
マーティン:俺のズボンを見てくれよ。
ダフネ:まあ、クレインさん。エディがまた水たまりに引きずりこんだんですか?
マーティン:毎度のことさ。[外の廊下を覗き込んで]エディ、入ってこい。さっさとしろ! [エディがしおしおと部屋に入ってくる]さあどうしてくれようか? お気に入りの靴がびっしょりだ。エディ、私が話しているときは私を見なさい。
ダフネ:またやってますね。
マーティン:何だ?
ダフネ:ペットを人間の子供みたいに扱うようなバカげたことをしてるんですよ。
マーティン:何だと? そうだな、外でやればバカさ。家でやるんなら余計なお世話だ。エディ、部屋に入りなさい![エディは走り去る]
ダフネ:靴は大丈夫ですよ。すっかり乾かしてさしあげますから。
マーティン:そうかい。ただの靴じゃないんだ、わかるか。モカビーの靴なんだ—最高に履きやすい。中敷にエアクッションが入ってて、内側はフカフカのネル地なんだ。何かの記念日にヘスターに婦人物のモカビーをプレゼントして驚かせたことがある。何の記念日だったかは忘れたがな。しかしゼロで終わる年だったよ。
ダフネ:そうでしょうよ!
ダフネが マーティンの靴を脱がせて台所に入ると、エディが寝室から走り出てくる。口にはマーティンのスリッパをくわえている。
マーティン:よおし、いい子だ、もう怒ってないよ。俺もお前が好きだよ。
フレイジャーが寝室から居間に入ってくる。スーツを着ている。
マーティン:お前は私のいちばんかわいい子だ。
フレイジャーはバカにしたような顔で通り過ぎる。するとマーティンが気づいて口笛を鳴らす。
フレイジャー:ねえ、お父さん、世の中には息子にほめ言葉をかけて、犬に口笛を鳴らす父親もいるらしいよ。
マーティン:おニューのスーツだな、あ? ラッキーガールは誰だ?
フレイジャー:別に、どうしても知りたいなら言うけど、きょう仕事の後にロズの友だちに会うだけさ。大した話じゃないよ。
マーティン:やったな、おめでとう。前回からどれくらい経った? 1年か?
フレイジャー:そんなに経ってないってば!
マーティン:クリスマスツリーはまだ出てたな。
フレイジャーはプンプンして台所に入る。ダフネが仕事している。
ダフネ:まあ、すっかりおめかし。
フレイジャー:そうだ、おニューのスーツだ。そうだ、女性に会うんだ。そうだ、ずいぶん経ってる。
ダフネ:ありがとうございます、それで思い出しました、クリスマスカードを注文しとかなきゃ。
フレイジャー:[電子レンジを見て]ダフネ、電子レンジはもう使い終わったの?
ダフネ:いけない!
ダフネがあわてて電子レンジの所に行き扉を開けると、煙がモクモク。そこにマーティンが入ってくる。
マーティン:俺のモカビーが!
ダフネ:すみません、こんなに長くレンジをかけておくつもりじゃなかったんです。
フレイジャー:そうか、イギリス風クッキングにまたやられた!
場面転換

第3場-カフェ・ナヴォーサ


フレイジャーとナイルズがいつもの席に座っている。
フレイジャー:でもな、患者が十分に恢復して治療をやめることになるのは喜ばしいことだと思うよ。
ナイルズ:そりゃそうだろうけど、最近じゃあんまり頻繁なんで財政的窮地に陥っちゃうんだよ。それこそたいへんな窮地なんだよ。このベルトを見てよ。[ジャケットの前を開いてこっそりと]コルドバ革なんだよ!
フレイジャー:えーっと、ミスター・ブラックウェル[訳注:ファッション評論家Richard Blackwell]が入ってきたら、僕が引きつけておくからその間に逃げるんだ。
ナイルズ:そんなわけで僕の診療を拡張するときがきたのさ、それでシアトル・スタイル・マガジンに広告を出すことにした。
フレイジャー:広告? そりゃちょっと精神分析医としては商売じみていないか?
ナイルズ:ポット先生がケトル先生に言ったもんだ! それに、僕と同じフロアのすごく有名な産科医が広告を出して、今じゃ待合室が大きいお腹でいっぱい。仏教寺院よりも多いくらい。
フレイジャー:そういうの大好き。
[二人で笑い合ってフレイジャーに広告を手渡す]これで申し込みに行くところなんだ。ちょっと目を通してよ。
フレイジャー:よし。[広告を読む]「医師ナイルズ。ユングJung派専門医。個人の方、カップル、グループいずれもOK。ご満足を保証します。あなたの痛む場所を教えて下さい」 いいじゃないか、ナイルズ。あとはちょっと味のある似顔絵のマンガがあればね。お前がにっこり笑ってしなびた頭[訳注:精神分析医の俗語head shrinkより]を抱えてるんだ。
ナイルズ:悪いけど聞こえなかったな。今通ったバスの横っ腹に兄さんの顔がでかでかと出てるのに気を取られちゃってね。[立ち上がって出て行く]じゃ失礼するよ。
ロズが店に入ってきてナイルズと出会う。
ロズ:あーら、いい男。
ナイルズ:そうだね、こんにちは。
ロズ:見て、ベルトがおんなじ。
ナイルズ:[ぞっとした様子で]何てこった!
ナイルズは去り、ロズはフレイジャーと合流する。
フレイジャー:やあ、ロズ。
ロズ:こんにちは、フレイジャー。いいわね、シャロンがもうすぐ来るわよ。
フレイジャー:彼女には何も言ってないの?
ロズ:ひと言も。これが仕組んであるなんて思ってもいないわ。
フレイジャー:わかったわかった。いいかい、彼女のことが気に入らなかったら僕はさっと失礼する。でも気に入ったら、丁寧にそれとなく君に「行ってよし」ってほのめかすからね…。
ロズ:あら、シャロン!
ロズが、たった今入ってきたすばらしいスラリとした金髪美女に手を振る。
フレイジャー:失せろ、ロズ!
シャロンが合流する。
シャロン:こんにちは、ロズ。
ロズ:見て、私、ばったり会っちゃったの。上司のドクター・フレイジャー・クレインよ。フレイジャー、こちらはシャロン・ペイトン。
シャロン:まあ、初めまして。うれしい、私、フレイジャーさんの番組の大ファンなんです。
フレイジャー:ありがとう。
シャロン:こんなこと聞き飽きていらっしゃいますよね。きっといつもいつも言われてらっしゃるでしょ。
フレイジャー:ああ、いや、最近はとんと!
ロズ:ね、シャロン、すごく悪いんだけど、今会社から電話があって、緊急の用事で戻らなきゃいけないの。
シャロン:そうなの、いいわ、気にしないで。
フレイジャー:そうですね、この店にいらっしゃる間は僕とご一緒なさってもいいのでは。
シャロン:うれしいです。
ロズ:よかった。
フレイジャー:それじゃね、ロズ。
ロズは去る。
シャロン:本当に、あなたの番組を聞くのが楽しみなんです。声がすっごくソフトなんですもの。
フレイジャー:[柔らかい声音で]そう言っていただけてうれしいです。
シャロン:番組に電話しそうになったこともあるんです。
フレイジャー:ホントに? 相談はどんなことだったか聞いてもいいですか?
シャロン:ええ、私、とんでもなく負けず嫌いなんです、スポーツではいいんですよ—私、前プロゴルファーで—、でもだんだん日常生活でもそんなふうになってきちゃってるんです。
フレイジャー:なるほど、重大な問題ではないと思いますが、僕が提案してもよろしければ、専門医に見てもらってはいかがでしょう。
二人とも笑う。そうこうしていると、ブルドッグがカフェに入ってきて彼らのテーブルに向かってくる。
ブルドッグ:こりゃまた! よお、イカしたの。
フレイジャー:やあ、ブルドッグ。
ブルドッグ:あんたじゃねえよ。ちょっと、あんた紹介してくれよ。
フレイジャー:えーっと、ホント、してなかったよね。
ブルドッグ:[自分で紹介する]ボブ・ブリスコってんだ。
シャロン:[握手して]シャロン・ペイトンよ。
フレイジャー:うん、会えてよかったよ、ブルドッグ。[ブルドッグを押しのけようとしながら]ゆっくりしてってくれ。
ブルドッグ:おい、ちょっと待て、ちょっと待てよ。シャロン・ペイトンって言ったな—あんた、知ってるよ。[近くにあった他人が座っている椅子をつかみ取る]女子プロゴルフ協会。1992年のデンバー・オープンで優勝してたよな。
フレイジャー:1992年? だったらシャンベルタン・ワインの当たり年だよ。僕もお気に入りなんだ…。
シャロン:[フレイジャーのことは無視してブルドッグに話しかける]私もあなたのこと知ってるわ。あなた、ゴルフはスポーツじゃないって言ってるヤツよね。
ブルドッグ:だって違うもん。
シャロン:本気?
ブルドッグ:本気さ。チアリーダーもなし、血も出ない、「カップ」って言やあ地面に埋まってる!
フレイジャー:それで思い出した、弟のナイルズと議論したときのことなんだけどね、スティーブン・ソンドハイム[訳注:ウェストサイド物語等の作曲家]は本物のオペレッタか…。
シャロン:私の持論としてはね、ゴルフをけなす人はゴルフがうまくないからなの。
ブルドッグ:それ、俺への挑戦状?
シャロン:そう思ってもらってもいいわよ。
ブルドッグ:今すぐ出ればハーフコースやれるな。
シャロン:負けたら夕食をおごるのよ。
ブルドッグ:俺、ハンデは9だぜ。
シャロン:受けて立とうじゃないの。[フレイジャーを振り返って]フレイジャー、あなたもご一緒なさる?
フレイジャー:いや、僕はゴルフやんないから。
シャロン:そう。お会いできて本当にうれしかったわ。
フレイジャー:僕もですよ。
シャロン:コート取ってくる。
シャロンはブルドッグとフレイジャーを残して去る。
フレイジャー:ブルドッグ!  ロズが僕とシャロンのデートをお膳立てしてくれたんだよ。君が来るまではすごく前向きな方向に向かっていたんだ。
ブルドッグ:あっそ。でもさ、風向きが変わったみたいだぜ。こういうの、あんたたちハゲインテリは何て言うの? 運命のいたずら?
フレイジャー:君の良識に訴える手立てはないのか?
ブルドッグ:さて、良識なんて持ち合わせはないね。おかげでほかの方面が鍛えられたのさ!
ブルドッグはシャロンと共に出て行く。フレイジャーは残されてガックリとする。

さあ、ハマーの時間だよ!

第4場-ダフネのクルマ


ダフネはクルマで道を走っている。マーティンは助手席に乗って、まだ靴のことをくどくどとしゃべっている。
マーティン:…でもな、モカビーの本当の不思議は、自分の足の形に自然にぴったりと合ってくるってことなんだ。俺がずっと困っているのはハンマー足なんだ。ハンマー足になったら、靴を買うのにとんでもなく時間がかかる。でも、モカビーは俺のハンマー足にぴったり合う。まるでグローブみたいにな。おかしいだろ? 若いときゃ名誉だの財産だの、夢を持つ。でも俺の年になれば、人生に望むものはぴったり合った靴だけなんだよ。
ダフネ:今現在の私の夢は「ハンマー足」って言葉を二度と聞かなくてすむようになるってことですかね!
マーティン:何だと、そんな態度を見せるな。モカビーをチンで完全破壊されたのは俺だぞ。
ダフネ:そのへんちくりんな靴を買った店を思い出せないのは私じゃありませんからね。
マーティン:黙って運転しろ。止まるときは止まれと言うよ… 止まれ!
ダフネ:[急ブレーキ、窓の外を見て]ここですか?
マーティン:赤信号だよ! この国では赤になったら止まることになってるんだ。
ダフネ:はいはい、わかりましたよ。
マーティン:女のドライバーはこれだから。
ダフネ:ハンマー足はこれだから。
場面転換

あなたは誰? ブルドッグをどうしちゃったの?

第5場-KACL


フレイジャーはブースで仕事中。イヤになっている。ロズが入ってくる。
ロズ:[フレイジャーの腕にパンチ]フレイジャーったら。
フレイジャー:何だよ? え、え。シャロンと話してないの?
ロズ:話そうとしたけど週末ずっと家にいないんだもの。[フレイジャーの腕にパンチ]フレイジャー!
フレイジャー:待て、濡れタオルで僕の背中を鞭打つ前に言っとくけど、最後にシャロンを見たのはカフェ・ナヴォーサをブルドッグと出て行くところだよ。
ロズ:[フレイジャーの腕を荒っぽくパンチ]フレイジャー! どうしてそんなことに?
フレイジャー:さあ、わかんない。すべて霞の中さ。ゴルフの話をして、ハンデがどうのこうの言って、気がついたら僕はカプチーノをすすりながら座って、独り言を言ってるんだ。すっごくソフトな声で。
ロズ:お気の毒。
フレイジャー:いいさ、ロズ。高校時代に突き戻された感じだね。君は大人の僕しか知らないけど、当時はどっちかというと活発の反対で読書男だったのさ。
ロズ:[皮肉っぽく]ウッソォ!
フレイジャー:運動部員が僕の悩みの種でね。僕のことをいつも「ガリ勉野郎」って呼んで、僕がいいなと思ってた女の子をみんなかっさらって行くんだ。
ロズ:まあ、フレイジャー、ガールフレンドを持つべきだったのに。
フレイジャー:ガールフレンドかい、へいへい。泣きたいときには優しいからっていつも僕の肩にもたれかかってくるくせに、金髪頭の男性ホルモンのかたまりみたいなヤツが通りかかるとさ、「じゃあねフレイジャー、お勉強はまた後でね」。それで僕は家に帰ってナイルズと一緒にブランデンブルグ協奏曲をエアバイオリンで弾くんだ。
ロズ:やだわ、ダサいオタクが二人!
フレイジャー:君は高校ではミス人気者だったろ?
ロズ:そう言っていいわね。
フレイジャー:僕もそれで理由がわかったよ[保留です。ごめんなさい]
ブルドッグが入ってくる。クリームをもらった猫のようにご満悦。しかし、第二の皮膚とも言える生意気さはなくなっている様子。
ブルドッグ:やあ。いやあ、週末はまた…。
ロズ:ちょっと、ブルドッグ。シャロンは私の友だちよ。あの子を傷つけたら承知しないわよ!
ブルドッグ:傷つける? シャロンを?[浮き足立った様子]俺はメロメロなんだ! こんな気持ちになったことなんてない。な、俺、仕事に来るときさ、ラジオでかかってる歌の意味がやっとわかったんだ。ジム・クロウチの「タイム・イン・ア・ボトル」の歌詞、聞いたことある? いい歌だよね。クルマを止めちゃったよ。
ロズ:[ぞっとした様子で]何てこと。恋に落ちたのね!
ブルドッグ:[フレイジャーとロズの手を握って]夕べさ、人生で初めて、こう言ったんだ。「朝までそばにいて」って。
フレイジャー:[愕然として]シャロンとセックスしたの?
ブルドッグ:フレイジャー、頼むよ! 俺たちは「愛し合った」んだ。そうだ、シャロンに電話しなきゃ。[受話器を取る]いや、待て。いや、ちょっとじらしてやらなきゃ。[受話器を叩きつけて置く]でも声が聞きたい。電話する。[受話器を取る]いや、待て。あまりにも物欲しげだ。女はそういうのを嫌うんだ。[受話器を置く]電話しちゃダメだ。でもしたいんだ![受話器を取るがまた置く]フレイジャー、どうしたらいいんだ?!
フレイジャー:[ここまでですっかり戸惑っている]僕に聞かないでくれ。君が誰だかも、もうわからないんだ!

第1幕了



第2幕


第1場-シアトルの町中


マーティンとダフネはまだ靴屋を捜している。マーティンは古い店を覗き込むが、鉄格子が降りていて明らかに随分前に閉店している。ホームレスの男が傍に寝転んでいる。
マーティン:ここだった。ここがモカビーストアだ。なくなってしまった。そして俺の唯一好きだった靴も…。
ダフネ:クレインさん、気を確かに。私たちが話しているのは、古くてくさくて汚いもののことなんですよ。
トランプ:何だと!
マーティン:あんたじゃないよ。俺たちはモカビーの話をしてるんだ。
トランプ:ああそうか! 素晴らしい靴だったよ。ここで売っていた。
マーティン:店はどうなったんだ?
トランプ:引っ越した。
ダフネ:どこにか知ってます?
トランプ:知ってるよ。でもタダじゃ教えないね。
マーティン:[ポケットを探して]いくらだ?
トランプ:金じゃねえ。キスがほしいんだ。
ダフネ:[ぞっとした様子で]何ですって?
マーティン:聞こえただろうが。
ダフネ:クレインさん!
マーティン:聞いただろ。君は俺に借りがあるんだ。たかがキスじゃないか。
トランプ:女の方じゃないよ。[マーティンに微笑む]
マーティンはぞっとした様子でダフネの後ろに隠れる。ダフネはホームレスに満面の笑み。
場面転換


第2場-KACL


フレイジャーは番組を終えたところ。
フレイジャー:ドクター・フレイジャー・クレインでした。KACL 780、トークラジオ。
ナイルズが雑誌を持って入ってくる。
ナイルズ:永遠に終わらないかと思った。
フレイジャー:何だ、ナイルズ、夕食をおごるって言ったろ、それからマティーニをしこたまって。
ナイルズ:いいね。夕食のとこ以外が!
フレイジャー:つまり、お前もひどい一日だったってこと?
ナイルズ:奈落の底の一日だったよ。広告出すって言ったの憶えてるでしょ?
フレイジャー:ああ、「ドクター・ナイルズ・クレイン、ユング派専門医」、うんたらかんたら。
ナイルズ:そう、それ。それが、ほんのちょっとしたミスプリントがあったんだ。見つけられるかな。[フレイジャーに雑誌を手渡す]
フレイジャー:[読み上げて]「ドクター・ナイルズ・クレイン、[気がついた]首吊り専門医[訳注:Jung→Hung]」。こりゃまた!
ナイルズ:あとは完璧だったよ。[続けて読み上げる]「個人の方、カップル、グループいずれもOK。ご満足を保証します。[悲しそうにフレイジャーを見て]あなたの痛む場所を教えて下さい」!
フレイジャー:で… 電話はあった?
ナイルズ:24時間テレビ状態だよ、フレイジャー。
フレイジャー:だろうな。じゃあ皮切りにダブルマティーニから行こう。
ナイルズとフレイジャーがブースから出るとブルドッグに会う。ブルドッグはシャロンと電話中。
ブルドッグ:よお、フレイジャー、ちょっと待っててよ。あんたたちが行くオシャレなレストランの名前を知りたいんだ。
[電話に向かって]よお、やあシャロン。俺だよ、ボブ。夕べは楽しかった。ね、今晩、夕食どう? そうなの? わかった、じゃ明日は? 何だよ、俺が被害妄想じゃなくてよかったよ——君にフラれたって思っちまうとこだよ![]うわ、まずい所に来ちまったぞ! ああ、俺もさ。元気でな、シャロ…。[電話を切る]
フレイジャー:かわいそうに、ブルドッグ。
ナイルズ:[元気づけるようにブルドッグの両肩を抱いて]僕も同感だ。[そのままブルドッグを電話から押しのける]フランソワに電話してみるよ、中庭に面したテーブルが予約できるか聞いてみる。
ブルドッグのプロデューサーのピートがブースから顔を出す
ピート:[ブースから頭を突き出して]あと10秒だぜ、ブルドッグ。
ブルドッグ:[ブースに駆け込む]わかったわかった。
フレイジャー:[彼について入る]ブルドッグ、大丈夫かい?
ブルドッグ:俺? ハッ、冗談はよせやい? 俺はブルドッグだぜ!
彼はいつもの鳴り物をガチャガチャ言わせて座り、番組を始めたのでフレイジャーは出る。
ブルドッグ:こっち聞いて、スポーツファンのみんな、ドッグハウスにようこそ![ワンワン吠えるが、途中で急にやめる]最初に、週末の結果から。フットボール、パッカーズしぼり出すように対セインツ[つっかえながら]42対10、それからフォーティナイナーズ対…パトリオッツ35対7。そしてゴルフ…。
長い間。ここまでにフレイジャーはロズやピートと一緒にブースに入り、全員が心配そうに見守っている。
ブルドッグ:ゴルフだと? ケッ、ゴルフなんてクソさ。電話コーナーに行こう[訳注:泣きそうになって舌が回らずfree callerがflea collarノミ取り首輪になっている][電話をつなぐ]よお、ドッグハウスにようこそ。のみとり首輪をつけとけよ!
ブルドッグは電話の相手に話しかける。その間、ナイルズはスタジオに駆け込んできてフレイジャーに話しかける。
ナイルズ:あのテーブルが取れたよ、フレイジャー、でもフランソワは10分しか取っておけないって言うんだ。
フレイジャー:[ナイルズを押しとどめて]すぐ行くよ。
ブースに戻って
ジェリー:[声のみ]シーホークスがまたシアトルから出てくっていう噂、どうなってんだ?
ブルドッグ:俺の知ったことか。面白いヤツらも、いつかは[またほとんど泣きそう]行ってしまうのさ…。ヤツらのことなんか知ったこっちゃないね。別のチームが来るさ。別のチームが… 俺たちを置いて行ってしまったりしないチームが…。[完全に泣き出して]… 俺たちがずっとずっと愛せるチームが。
スタジオでは:
ロズ:コマーシャルに行って。
ピート:もう行ってるよ。
フレイジャー:[ブースに入って]ブルドッグ、大丈夫かい? 番組、続けられる?
ブルドッグは立ち上がって、泣きじゃくりながらブースを飛び出して行く。
ロズ:待って、ブルドッグ。テーブがほしいの。「ブルドッグ・ベスト」はどこ?
ブルドッグ:[泣きながら]ブルドッグのベストは彼女が持って行っちまった!
ピート:あと15秒でオンエアだ。
ロズ:いいわよ。わかった、ブルドッグをつかまえてくるわ。
[フレイジャーに向き直って]あなたが番組を続けてちょうだい。
フレイジャー:僕が? スポーツ番組を?
ロズ:[駆け出して出て行きながら]ここにはあなたしかいないのよ。
フレイジャーは座席に座ってあわてて始めようとするが、ヘッドフォンを変にかけてしまう。ブルドッグのラッパを鳴らしたりするが、全体的に見て完全にうろたえている。
フレイジャー:さて、スポーツファンの皆さん。ドクター・フレイジャー・クレインがボブ "ブルドッグ" ブリスコの代わりを勤めます。[シンバルを鳴らす]お電話つながりました。
マイク:[声のみ]俺、マイク。ブルドッグと話したいんだけどあんたでもまあいいや。今シーズン、あのくそったれヤンキーズをどう見る?
フレイジャー:ヤンキーズとおっしゃいますと、あのファウスト伝説を元にした軽薄な翻案ものミュージカル映画のことですかな、それとも野球チーム、もっとも後者のことは私は全く存じ上げませんが?
マイク:このガリ勉野郎![電話は切れる]
フレイジャー:またそのお話? しかし彼はいい論点を取り上げてくれました。おわかりでしょう、私は放送しておりますので遠慮なくお電話下さって結構。但しスポーツ以外でお願いいたします。[電話を取る]もしもし、お電話つながりました。
ジェイク:[声のみ]よお。ソニックスが今のドラフトから抜けたら、サラリーキャップに金が少し残るよな、そしたらワイドボディを追っかけてペイントエリアでヤツらを助けるっていい考えだと思わねえか?[訳注:保留です。ごめんなさい]
フレイジャー:[うつろな目で宙を見つめているが、完全に全く我を失っている]そのとおりです![別の電話に出る]お電話つながりました。
場面転換。場面は男子トイレに変わる。ロズは駆け込んでブルドッグを探す。彼は個室に閉じこもっていた。小便器の前に立っている男性がいる。
ロズ:ブルドッグ、そこにいるのはわかってるのよ。出てらっしゃい![ロズのいるのを喜ばしく思っていないらしい男性を振り返って]あらお願い、レオナード—まるでこの瞬間を夢に描いてなかったみたいじゃない。
ブルドッグ:あっちに行ってくれ、ロズ。
ロズ:大人になってよ。そんなだからフラれるのよ。今までずっと女をこんなふうに扱ってきた報いよ。それに私の知ってるブルドッグは悲しみなんかしやしなかったわ。怒ってたじゃない。
ブルドッグ:あんたの言うとおり![荒々しく叫ぶ]変だよ! 全く何て言うか…。[またくずおれて]… B.S.[訳注:ブルドッグの口癖。bull shit]だよ。
ナイルズがふらりと入ってきて、目の前に展開している場面を凝視する。
ロズ:30秒以内に出てこないと、そこに入ってあんたの足首つかんで引きずり出すわよ!
ナイルズ:やあ、ロズ。求めるもののためには手段を選ばない?
ロズ:ブルドッグよ。あなた精神分析医よね、彼を助けて。
ナイルズ:彼の状態から見て僕だって同じくらい落ち込んでるんだ、つらいのは彼一人じゃない。だってあと8分でフレイジャーと僕の中庭のテーブルがおじゃんになっちゃうんだ。
ロズ:あのね、フレイジャーがブルドッグの代役を務めてる限り、あんただってどこにも行けないわよ。
ナイルズはショックを受けて、ブルドッグを助けることにする。ロズはトイレから駆け出る。
ナイルズ:かわいそうに。助けが来たよ!
ブルドッグ:いやだいやだ。しなびた頭なんか。しなび頭野郎なんか嫌いなんだ。みんな弱虫の妙ちきりん野郎ばっかり…。[個室から出てきてナイルズの肩にもたれかかって激しく泣き出す]助けてくれよ!
ナイルズ:よし、よし、僕は君のためにここにいるからね。[ブルドッグを押しのけて]さて、君は僕のためにここに立ってて。君はすごく苦しんでるのが僕にはわかるよ。
ブルドッグ:そうなんだ。止めてくれよ。
ナイルズ:いや。止めるためのステップワンは、苦しみを押さえつけることじゃないんだ、底の底まで味わい尽くすことなんだ。
ブルドッグは動物のような雄叫びをあげたのでナイルズは完全におびえる。
ナイルズ:えーっと、わかった、警備員が来る前に次のステップツーに行こうか。
フレイジャーが入ってくる。
フレイジャー:どうなった?
ナイルズ:ごめん、ブルドッグ。フレイジャー、今セッション中なんだ。
フレイジャー:ちょっと、ナイルズ、僕らは一緒にこいつをここから引きずり出さなきゃいけないんだ。1分で。一生じゃなくて!
ナイルズ:どのツラさげてそんなことが言えるのかね!
ナイルズとフレイジャーが大声で言い合っている間に、ブルドッグはくずおれてトイレの床に横たわる。
フレイジャー:こんなことしてる時間はない。出てけ!
ナイルズ:わかったわかった。ブルドッグ、君を兄に引き継ぐよ。フレイジャー、僕はフランソワに電話して、家族に死人が出たって言うよ。そしたらあと10分延ばしてくれるはずだ。
ナイルズは走り出る。後には落ち込んだブルドッグと苛立ったフレイジャーが残される。
フレイジャー:わかった、ブルドッグ。いいか、今ニュースをはさんでる。気を鎮めてくれ、じゃないと僕はあんな辱めにこれ以上耐えられない!
ブルドッグ:いやだ、行かない。
フレイジャー:行かなきゃダメだ! スコア表の略号だって解読できないんだ。君のプロデューサーがバカ笑いしたから「IND」がクリーブランド・インディペンデンツ[訳注:レストラン組合]の略じゃないってわかったんだ!
ブルドッグ:俺は女のことでこんな感じになったことは一度もないんだ。彼女と俺の子供がほしいとまで思ったんだ。おっかなくないか?
フレイジャー:全く骨の髄までぞっとするね。
ブルドッグ:[泣きながら]地獄の苦しみだよ。
フレイジャー:わかってる、わかってるよ、ブルドッグ。でもね、多くの場合は苦しみを通じてこそ心が成長するんだ。僕が最近バンクーバー精神医学協会に提出した論文のことを思い出したんだがね、僕の論文の主旨は、受苦者、つまり君のことだが…。
ブルドッグ:先生、先生、俺の頭まで痛んできたよ! しなび頭はやめて男連中っぽくやってくれよ。
フレイジャー:[考えながら]男連中っぽく… 男連中っぽく…。[間を置いて]何が女だ!
ブルドッグ:は?
フレイジャー:[怒ったように]そうだ、女なんかいらねえ。ヤツなんかクズだ!
ブルドッグ:そうだ、そうだよ。
フレイジャー:あんな女なんかいない方がましだ、俺ら二人ともだ!
ブルドッグ:そういうの好きだよ。
フレイジャー:俺もだ。パッとしない、でも解放感はある、それは僕がたった一度だけヨーロッパ製の水着を着たときみたいな—[話がそれたことに気づいて]失礼。あんな女はメス犬だ!
ブルドッグ:それにさ、そんなにイカしてもいないよな。
フレイジャー:お前の言うとおり。あの女がやってくれたことと言えば、お前に面倒かけずにフラせてくれたことぐらいだ!
ブルドッグ:[元気づいて]そんなこと考えても見なかったな。
フレイジャー:さあ行け!
ブルドッグ:先生、少し気分がよくなってきたよ。
フレイジャー:よっしゃー。
ブルドッグはトイレを出る。後にフレイジャーが続く。
ブルドッグ:ありがとよ。話せてよかったぜ。[手を差し出す]
フレイジャー:[握手しながら]俺もさ。あと[腕時計を見て]あと30秒ならこの調子で話せるぞ。
場面はブースに切り替わる。フレイジャーとブルドッグが入って行き、ブルドッグは座席に座って番組に備える。
フレイジャー:あんな女どうでもいい! どうでもいい以下!
ブルドッグ:おう、そうだ。
フレイジャー:明日になりゃもっといい女が見つかる、そしたらどうする?
ブルドッグ:え?
フレイジャー:彼女とお楽しみさ、そしておもしろ半分に捨ててやりゃいいのさ!
ブルドッグ:そうだ、捨ててやる!
フレイジャー:いいか?! それでもぜーんぜん気に病んだりしないんだ!  何でだ?! おれたちゃ男連中だからだ! それが男連中のやることだ!!!!!
ブルドッグは喜びに両手を掲げて犬の吠え声を上げる。フレイジャーは向きを変えてブースから出ると、ナイルズに出会う。
ナイルズ:残念なお知らせ、フレイジャー。フランソワが僕らのテーブルを他の人にやっちゃった。
フレイジャー:ヤツなんかクズだ!
ナイルズ:[驚いて]今何と?
フレイジャー:聞いてただろ! 俺たちにゃあんな男いらねえ、あの男のショボいレストランだっていらねえ! 街にゃ腐るほどレストランがあるんだ! 予約なんかいらねえようなとこに行きゃいいんだ!
ナイルズはフレイジャーにビンタ。それでフレイジャーは我に返る。
フレイジャー:ありがとう、ナイルズ。
ナイルズ:どういたしまして。
フレイジャー:そうだ、急げばシガー・ヴォランテに一番乗りできるかもしれないよ。
フレイジャーとナイルズは、二人ともはねるような足取りで廊下を駆け出す。

第2幕了


エンドロール

フレイジャーがステレオのスイッチを入れて、エアバイオリンを弾き始めると、エディーが後ろに座って眺めている。フレイジャーはエディーが見ているのに気づいてますます調子に乗り、ハンカチを取り出して顎で挟み、さらに本物らしく見えるようにする。ナイルズもソファから光景を見ていたが、立ち上がって加わり、エアバイオリンを弾き始める。エディはあからさまにソファに頭をうずめる。

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