[4.1]二人のミセス・クレイン

エピソード毎のフル・クレジットはオリジナル・スクリプトをご覧ください
See the original transcript for the full credit of the episode.


第1幕


第1場−クレイン家の朝食の食卓。


フレイジャーは座って新聞を読み、ナイルズは座って落ち着きなくピンセットでマフィンから小さなかけらをつつき出し、自分の皿に几帳面に並べている。見ているフレイジャーはだんだん苛立ち始める。
フレイジャー:ナイルズ、何してるの?
ナイルズ:このナッツマフィンに、僕のキライなものがたくさん入ってるんだ。干しブドウとか何かの皮とか…。
[何かをはじき飛ばして]あっち行け、このシワクチャめ。
フレイジャー:お前とマリスが仲直りしたら、こんな平和な朝が懐かしくなるだろうな。——僕は新聞をめくり、お前はナッツをえぐる。
ダフネとマーティンが玄関から入ってくる。うれしい知らせを携えている。
マーティン:おい、お前たち。軍隊時代の友だちから手紙が来た、バド・ファレルだ。隊の仲間全員が来週の週末にガラガラヘビ山[訳注:Rattlesnake Ridge。シアトル近郊の山]に集まるんだ。
フレイジャー:そりゃいい。昔の友だちと言えば、ダフネ、ちょっと前にクライブって男性が電話してきたよ。
ダフネ:[不安げに]クライブ?
フレイジャー:そ。
ダフネ:イギリス人の発音でした?
フレイジャー:いいや、情熱的なメキシコ人って感じだったね![訳注:Cliveという名前はいかにもイギリス人でメキシコ人であることはまずない] また電話するってさ。
ダフネ:じゃあしてくるんでしょう。
マーティン:ああ、[腰掛けながら]みんなに会うのが待ち切れないよ!
ナイルズ:父さん、ガラガラヘビ山までずっと運転して行くつもりじゃないよね? 5時間はかかるよ、腰がガチガチになっちゃうよ。
マーティン:構わないさ、客を一人連れてきていいって言われてるんだ。さあ、一人だけ運のいいのは誰だ?
フレイジャー:僕が数えたら、運のいいのは二人だね。
マーティン:何言ってるんだ、みんないい奴なんだよ。スティンキー、ウルフマン、ブンブン、ジム。奴の名前は本当はジムじゃない、でもジム・ビームを飲むからそう呼んでるんだ。バドワイザーを飲むからハンクを「バド」って呼ぶのと同じさ。お前たちも奴らを好きになるよ!
ナイルズ:僕らはシェリーを飲む人間なんだよ、父さん。そこんとこよろしく。どっちみち僕は週末は会議だ。
ダフネ:私は友だちのミーガンの誕生パーティーです。
マーティン:フレイジャーは?
電話が鳴る。
フレイジャー:ああ、ミーガンがパーティーにお笑い担当を探してるって電話だといいな!
ダフネ:[電話に応答]もしもし? まあ、クライブ! ええ、お久しぶりね。ああ、ごめんなさい、今晩は夕食の約束があるの。じゃあ、食前の一杯だけなら。6時半はどう? 私もよ。それじゃ。[電話を置いて]どうしましょう!
ナイルズ:で、クライブって誰?
フレイジャー:元カレかい?
ダフネ:もっとひどい話です。婚約者だった人です。
ナイルズ:婚約してたの?
ダフネ:長いこと。すごく愛し合ってました。すごく素敵な人で、見たこともないような素晴らしい目をしてたんです。
ナイルズ:でも[訳注:But]…?
ダフネ:ええ、お尻も[訳注:butt]。彼と一緒にいても将来が見えなかったんです。完全な怠け者で。向上心も意欲もなくて、仕事は長続きしないし。やりたがることといえば、自分のクルマをいじくり回すことだけ。指はオイルで真っ黒でしたよ。
ナイルズ:なんて野蛮な習慣なんだ! 僕には神様が遣わしてくれた整備士のホルスト君がいるからそんなことしなくていいんだもん。[キッチンに去る]
ダフネ:別れざるを得なかったんです。でも彼を傷つけないように、5年後もお互いフリーだったらやり直してみましょうよ、って言っちゃったんです。それで彼が現われたんです、約束の日ぴったりに。[ナイルズが再び居間に戻る]彼に何て言えばいいでしょう?
フレイジャー:そうだな、正直に思ったことを言えばいい。
ダフネ:また彼の心を傷つけてしまいます!
フレイジャー:いや、それが無駄な苦しみを避けるいちばんいいやり方なんだ。僕がいい例を示そう。
父さん、来週の週末、僕は予定があるわけじゃないけど、バドワイザーとかボイラーメーカーとか肝臓の悪いゼルツァとか、そんな人たちと過ごす気はないよ!
マーティン:まあいいさ。また集まることもある。
フレイジャー:[ダフネに向かって]見たかい? はぐらかしもなし、言い訳の会議もなし、ただ正直に言えばいいのさ!
マーティン:しかし、ジムは次回の企画をやるかな。3回目のバイパス手術したって言ってたよ。ま、葬式で会えるが。
フレイジャー:[立ち上がりながら]じゃ、仕事に出かけます!
マーティン:俺の方が先にくたばってなきゃな!
フレイジャー:わかったよ、そのばかばかしい集まりに僕が運転して連れてくよ!
マーティン:ありがとな、フレイジャー。
フレイジャーは仕事場へ。
マーティン:スティンキーが相乗りさせてもらいたがってるってことはまた何日かしてから言おう。
溶暗

次の出し物は「コシ・ファン・トゥッテ(女はみんなそうしたもの)」

第2場−フレイジャーはKACLの番組収録中。番組最後のまとめに入っているところ。


フレイジャー:ではおしまいに、さっきお話しした嗜眠症のキースさんにお伝えしたいことです。もうちょっと目が覚めているときにまたお話しできればいいんですが…。ともかく、航空管制官の求人に応募するのは考え直した方がよろしいんじゃないかと思います。
ではみなさん、さようなら。ドクター・フレイジャー・クレインでした。KACL、780AM。
ギル・チェスタトンがフレイジャーのブースに入ってくる。
ギル:素晴らしい番組だったわ、フレイジャー。深遠な洞察に満ち満ちてた。
フレイジャー:何かほしいの?
ギル:ちょっとお願いがあるの。ボニー・ウィームズ、クルマの販売やってる女、あの女が胸の悪くなるような自分のパーティーに出てくれって言うのよ。それでね、ワタシ、あなたとバレエを見に行くって言おうと思ってるの。だからよろしくね。
フレイジャー:えーっと、申し訳ないができない。
ギル:ダメよ。彼女の料理ひどいのよ。想像できる? 地元のアライグマが彼女んちのゴミ箱に「危険」って貼り紙したくらいヨ!
フレイジャー:でもね、僕も彼女から招かれてたんだ。それで、父の軍隊時代の同期会があるんでガラガラヘビ山まで運転して連れてかなきゃ行けないって言ったんだよ。
ギル:あら、名案。そうねー、ワタシもそれ使いたい。でも労働祭のときに彼女の浜辺パーティーを断わるんで父親殺しちゃったのよね。
彼が去ると、ロズが自分のブースから出て入ってくる。
フレイジャー:あー、ロズ、今晩オペラに行くんだ。この間貸したの返してって言ったけど覚えてたりしないよね…。
ロズ:あっ、オペラグラス! ごめんなさい、完全に忘れてた。
フレイジャー:気にしてないよ、君があのオペラグラスで向かいに引っ越してきたボディビルダーの覗きをやってなきゃね。
ロズ:ほんの1、2回ね。でも、郵便受けから名前を調べて、電話番号を調べて、彼のシャワーどきに電話かけて、彼が裸のままシャワーから出てきて、電話を取るのがこっちに面した大きなガラス窓から見えてバンバンザイ、なんてことしたわけじゃないんだから。そういうことしたんだったらよくないわ。
フレイジャー:とにかく返して。僕にはオペラグラスがなくて『道化師』のオペラがよく見えないのに、君がそれで『魔笛[The Magic Flute]』を見てるなんてのはイヤだからね!
フレイジャー出て行く。
場面転換


第3場−フレイジャーのアパートで。


フレイジャーがピアノを弾いている
ダフネ:[声だけ]クレインさん、服についてご意見を伺いたいんですけど。「全くその気なし」って恰好がしたいんです。
ダフネが体がすっぽり隠れる丈の長い毛糸のカーディガンを着て現われる。
フレイジャー:サボテンのコサージュ着けたらどう? 取ってきてただろ、なんてね。でもダフネ、5年経ってるんだよ。片思いを続けるにはずいぶんと長いよ。彼はちょっと君に会いたいだけだと思うな。
ダフネ:ああ、本当にそうだといいです。また彼をふらなきゃいけないなんて、もう耐えられません。
玄関のベルが鳴る。
ダフネ:彼だわ。歯に何か詰まってません?
フレイジャー:ないよ。
ダフネ:冷蔵庫にホウレン草、ありましたっけ?
フレイジャー:いいから、出たまえ!
ダフネがドアを開けるとニヤけ顔のナイルズがお邪魔をしようと待ち構えている。
ダフネ:あら、ナイルズさん、クライブかと思いました!
ナイルズ:[わざとらしく]えっ、クライブ? クライブって? [初めて気がついたふり]ああ、クライブね。今夜だったっけ? しまったな、1000ピースのジグソーパズルなんか持ってきちゃって、バカみたいだったかな。
フレイジャー:ダフネは再会に首を突っ込んでほしくないと思うよ。僕らは外に食べに行こう!
ナイルズ:えーっと、ケータリングじゃだめかな? もう子猫1匹と毛糸玉2個ができあがってるんだ!
フレイジャー:[ジグソーパズルを奪い取って]上着を取ってくる!
また玄関のベルが鳴る。ダフネが出迎えるのをナイルズはじっと見ている。
フレイジャー:ナイルズ、頼むから、二人にしておいてやらないか?
フレイジャーは廊下に去り、ナイルズはキッチンに去る。ダフネが扉を開けると、クライブが現われる。男前で筋肉質ながら少年のように純真なロンドンっ子。
クライブ:やあ。
ダフネ:いらっしゃい。
クライブ:やっと会えた。きれいだぜ。
ダフネ:まあ! お上手。
クライブ:ほんとだって。すんごくかわいい、それにあったかそうだ。さて…。
ダフネ:で…。
抱き合うが、クライブは突然あわて出す。
クライブ:何てこった! 君のセーターをタイヤのグリースで汚しちまった。
ダフネ:あら大丈夫よ、本当に。ボロっちい服なんだから。どうぞ、入って。
[クライブが入ってくる]昔と変わらないクライブみたいね。
クライブ:まあな。
ダフネ:で、シアトルにはどうして来たの?
クライブ:[向き直って]今もおめえに惚れてるからなんだ。あっ、しまった! もっとゆっくり話してから切り出そうと思ってたのに。ごめん。
ダフネ:いいのよ、ただちょっと…。
クライブ:唐突だったよな。「元気だった」とか「いい部屋だね」とか言うべきだった——
ところで、いい部屋だね。あれが「スペース・ニードル」だっけ? [窓に近づく]
ダフネ:クライブ…。
クライブ:でけえ。とにかく、オレはおめえが5年前に言ったことを覚えてたんだぜ。ただ心変わりするだろうと思ってた。5年は長いから。でも…。
ダフネ:クライブ…。
クライブ:最後まで言わせてくれ! おめえを好きなのは変わっちゃいない。毎日毎晩おめえのことを考えてた、そして男の人生で勇気を振り絞るときが来たんだ。女の目をまっすぐに見つめて、こう言うんだ…。
ナイルズ:[ボウルを持って入ってくる]チーズスナックいかが? ごめん、タイミングが悪かったかな?
クライブ:うう、全く…。
ダフネ:いいえ、いいえ、全然。こちら、私の古くからの親しい友だちのクライブ・ロディです。クライブ、ご紹介するわ、ドクター・ナイルズ・クレイン…。主人なの。
ナイルズは派手な音を立ててボウルを落とす。
クライブ:主人?!
ダフネ:[ナイルズと腕を組みながら]そうなの、来週で半年になるの。
クライブ:何てこった…。[ナイルズに向かって]おめでとうございます。運のいい男だぜ。
ナイルズは有頂天になって笑う。

第1幕了。(時間9:24)



第2幕


カップルがいっぱい

第4場−アパートで。


同じ場面から。
クライブ:半年? 実質、新婚さんじゃねーか。
ダフネ:そう。まだ蜜月よ。具合悪くなりそう、ホント。[ナイルズにキスをする]
ナイルズ:胸やけしちゃう! [キスを返す]全く胃がひっくり返りそう!
[もう一度キスをしようとするが、彼女は逃げる]
クライブ:もう行かなきゃ。
ナイルズ:ダメだよ! いや、いてくれてすごくうれしいんだよ。
ダフネ:一杯って約束したわね。
クライブ:ああ。そうだった、じゃあビール一杯だけ。
ダフネ:よかった。[ナイルズに向かって]ねーえ、キッチンに一緒に来て下さらない?
ナイルズ:喜んで、天使ちゃん。
ナイルズはダフネについて行く。ダフネは飲み物を準備し始める。
ダフネ:ナイルズさん、申し訳ありません。彼をふるのにいちばん優しいやり方だと思ったんです。ナイルズさんに気まずい思いをさせるつもりはなかったんです。[冷蔵庫を開けて前屈みになり、下の棚から物を取り出そうとする]
ナイルズ:君のために気まずい思いなんて…[向き直ると、ダフネのお尻が目の前に]するわけないよ。
フレイジャーが居間に入ってきて、クライブと対面する。
フレイジャー:おや、こんにちは。 クライブさんですね。
クライブ:ええ、あなたは?
フレイジャー:ドクター・フレイジャー・クレインです。[握手]
クライブ:ああ、ナイルズの兄さんですか。
フレイジャー:ええ。ナイルズに会ったんですか?
クライブ:たった今。でも奥さんの方はすんげえよく知ってるんです。
フレイジャー:あっそう? ナイルズの嫁さんをご存知?
クライブ:飛び抜けていい女ですよ。
フレイジャー:そりゃそうだ。[一緒に笑う]
クライブ:部屋が明るくなること間違いなしです。
フレイジャー:ああ、そうですね。出て行けばね!
フレイジャーは笑うが、クライブは当惑して気分を害した様子。ナイルズとダフネが居間に入ってきて、破綻しそうになっている事態に動顛。
ナイルズ:フレイジャー!
ダフネ:クライブ! 主人の兄に会ったのね。
クライブ:ああ。お宅の催しか何かの邪魔をしちまったんじゃねえか?
ダフネ:[ナイルズとまた腕を組んで]とんでもない! 義兄はここに住んでるの。いえ、つまり今のところ。義兄は…
ナイルズ:喧嘩したんだ。奥さんの…マリスと。
クライブ:そりゃ気の毒に。
フレイジャー:私も。ねえ、ダフネ、喉がカラカラだよ。ワインの置き場所をもう一度教えてくれる?
ダフネ:もちろんですとも。ちょっと失礼。[立ち去ろうとする]
ナイルズ:ちょ、ちょ、ちょっと! [ダフネを呼び止めて]待って。お代をいただかなきゃ。[ダフネはナイルズにキスをする]多すぎた、おつりだよ。[キスを返す]
ダフネはフレイジャーをキッチンに引っ張って行く。
ナイルズ:[クライブに向かって有頂天に]夕食を一緒にどう?
その間、フレイジャーはキッチンでダフネと言い争っている。
フレイジャー:正直になりなさいって言っただろ! 聞いてたか? いいや! 聞いてない。それどころかこんな馬鹿げた猿芝居に巻き込んだ。
ダフネ:協力して下さい、お願いします。誓って言いますけど、一杯飲み物を出したら帰ってもらいます。
ナイルズ:[入ってくる]夕食食べてくって。
フレイジャー:何だって?!
ダフネ:いったいどうしてそんなことに?
ナイルズ:何か勝手にそうしてたよ。あつかましいよね、僕に言わせれば。[フレイジャーはナイルズを怪しそうに見る]
ダフネ:何てことでしょう!
ナイルズ:間違いなく、あいつは君を取り戻したがってる。だから僕らは愛し合ってるってことをできるだけ本物らしく見せかけ続けなきゃ。
フレイジャー:[割って入って]おいこら!
ナイルズは出て行く。
ダフネ:ああ、何を出そう? ラザニアまだありましたっけ?
フレイジャー:ダフネ、僕がこんな馬鹿げたことに一晩中耐えられるなんて思わないでくれよ!
ダフネ:[冷蔵庫を探す]私のためにお願いします。何でもしますから、言って下さい。何でも、あなたが決めて下さい。
フレイジャー:何でも、って言った?
ダフネ:[ハッとして、向き直り]ガラガラヘビ山以外なら!
フレイジャー:[肩をすくめて大声で]ええっと、クライブ!
クライブ:[声だけ]何です?
ダフネ:[小声で]分かりました、お父さまを連れて行きます!
フレイジャー:夕食はラザニアでいいですか?
クライブ:いいですよ。
ダフネ:言っときますけど、一つ間違えたら台無しですからね。
フレイジャー:間違えることなんかないよ。とにかくこの作り話を続けて不必要にややこしくしないことだ。
マーティン:[声だけ]やあ、みんないるな!
フレイジャーとダフネはぞっとして顔を見合わせる。二人はキッチンから飛び出してマーティンを出迎える。
ナイルズ:父さん!
フレイジャー:父さん!
ダフネ:父さん!
マーティンは部屋に入ってきたが、とまどっている。
ダフネ:クライブ、ご紹介するわ、私の夫の父親。
フレイジャー:[上着を受け取りながら]またはアメリカでは「義父」なんて言ったりするね。
クライブ:クライブ・ロディです。[握手]
マーティン:やあ、マーティン・クレインだ。いったいこれは…。
ナイルズ:[さえぎって]そうだダフネ、何てうかつだったんだろう。クライブに家の中を案内してあげてなかったよ。
ダフネ:あっそうだわね、本当にそうだったわ! ここは居間よ。
ナイルズ:じゃなくて、クライブにはきっとお風呂がもっと面白いと思うよ。
[ごまかして]シャワーがすごく大きいんだ。マンチェスターは雨ばっかり。
ダフネ:こっちよ。[ダフネはクライブを連れて浴室へ]
ナイルズ:あっ、お代をいただかなきゃ。
フレイジャー:ナイルズ!
ナイルズ:何でもない。
ダフネはクライブを連れて消える。
フレイジャー:[マーティンに向かって]外に出かけて!
マーティン:何事だ? 何が起こってるんだ?
フレイジャー:クライブはダフネの昔の彼氏なんだけど、ダフネはうまく彼をふりたいんだよ。それでナイルズと結婚したことにしたんだ。
ナイルズ:そんなわけでここは僕のおうち。フレイジャーは一時的にうちに来てるんだ、マリスと別れて。
マーティン:[フレイジャーに向かって]お前もマリスに我慢ならなかったのか、あん?
マーティンとフレイジャーは笑うが、ナイルズはむっとしている。
ナイルズ:そりゃ面白い。
マーティン:俺はここに住んでるのか?
フレイジャー:そう、もちろんそうだよ、でも今夜は席を外してくれるのがいちばんいいと思うよ。だって、素早く考えてアドリブで動かなきゃいけないんだから。それに細かいことを覚えておかなきゃいけないだろ。
マーティン:そうか、俺がおとり捜査をやってたとき、そんな芸当は全くやらなかったんだろうよ。
ナイルズ:気を悪くしないで——。
マーティン:[腰掛ける]まさか、全然さ。息子二人が俺の頭の中にはオートミールが入ってるって言っただけなんだからな。
ダフネとクライブが入ってくる。事態はさらにややこしく。
クライブ:ダフネに聞いたんだが、あんたたちは精神分析医だそうだね。
フレイジャー:そうですよ。
クライブ:すげーな。マーティーさんも精神分析医?
マーティン:俺かい? いいや、もう隠居さ。
クライブ:何やってたんですか?
マーティン:[クレイン兄弟を意地悪い目つきで見る]俺は宇宙飛行士だったんだ。
これを聞いてナイルズとダフネは気が遠くなってソファに座り込む。フレイジャーは突然の信じられない発言に振り返る。
クライブ:ほんとですか! 宇宙の任務も実際にやったんすか?
マーティン:ああ、2、3回な。俺だろ、ニール・アームストロングだろ、それからバズ・オールドリン——知ってるだろ、オールドリンに「バズ」ってあだ名を付けたのは俺なんだ。みんな、奴が速く飛ぶからだって思ってるけど、違うんだ! 蜂を怖がったのさ。
玄関のベルが鳴る。このエピソードの笑うツボ。会話はない。あるのはただ疑惑の沈黙のみ。誰のベルかはすぐ分かる。
フレイジャー:ど、どなた?
ロズ:[声だけ]開けて、フレイジャー、私よ。
マーティン:何だ、マリスか!
ナイルズとダフネはマーティンを振り返る。逆上して恐慌状態。マーティンはニコニコしているだけ。フレイジャーはゆっくりと扉を開ける。
ロズ:[オペラグラスを手に持っている]はい、お待ちかねのオペラグラス。これでまた仲直りしてくれる?
フレイジャー:ダーリン!
フレイジャーはロズを抱きしめて頬にキスする。ロズはびっくりしている。
フレイジャー:[片方の耳にささやく]君はマリスだ!
ロズ:は?
フレイジャー:[もう片方の耳にささやく]僕らは結婚してるんだ!
ロズ:何ですって?
フレイジャー:黙って協力してくれ!
クライブ:おやおや、夫婦喧嘩は終わりですね。
フレイジャー:マリス・クレインです。こちらはクライブ・ロディさん。
クライブ:よろしく!
ロズ:[クライブに目を付ける。色っぽく]本当によろしく、ネ。シアトルにはいつまでご滞在?
フレイジャー:えーと、君? [彼女を連れ去る]ちょっと失礼して二人きりにさせてもらうよ。こっちに来て。
ロズとフレイジャーはバルコニーに出て行く。
ナイルズ:さてと、これでクレイン一族に会ったわけだ!
クライブ:しかしダフネ、電話帳ではおめえの姓はまだ「ムーン」だったぜ。
ナイルズ:古い電話帳だったんじゃないかな。今はハイフンがついてるんだ。ムーン−クレインさ。
マーティン:そういや初めて月面クレーンを操作したのを思い出したよ。危なく静かの海に落っことすとこだったんだ。
ナイルズとダフネはソファでクライブの隣りに座る。ナイルズは手をダフネの膝に置く。
ナイルズ:で、クライブ、君は何をやってるの?
ダフネ:相変わらずクルマをいじってるんでしょ。[クライブの手についたグリースを指す]
クライブ:あ、この手のことかい? いいや、来る途中でタイヤを交換している女の人を手伝ったんだ。前みたいにクルマにかける時間がねえのさ、商売の関係でね。
ダフネは驚く。ナイルズはもっと驚く。
ダフネ:商売ですって?
クライブ:ああ、おめえがいなくなってから、おめえが言ってくれたことを思い出したんだ。それで一理あると思ってね。
ダフネ:私が言ったこと?
クライブ:ほら、「働きなさいよこのぐうたら男」とかそんなことさ。それでビジネスの学校で勉強して小さいスポーツ用品店を開いたんだ。今じゃ店舗が3軒だよ。
ダフネ:[ナイルズに向かって]あーら、ずいぶん皮肉なこと![ナイルズの手をどける]何年もずっと何でもいいから成功して見せなさいよってやかましく言ってたんです。[力を込めて「お芝居はおしまい!!」]今はごらんなさい、お店を切り盛りして、しかも昔と同じに男前。
ナイルズ:さーて、お笑い担当を呼ぼうか。
ロズとフレイジャーがバルコニーから部屋に入ってくる。
ナイルズ:心配しないでもちゃんといた。
フレイジャー:さて、残念ながらマリスはおいとましなきゃ。先約があるんだ。
マーティン:先約なんかほっとけ、マリス。夕食をつきあえよ!
フレイジャー:いや、本当に…。
ロズ:[満面の笑みをたたえて]ぜひ。
クライブ:すげえ、みんなで二人の仲直りのお祝いだ。
ロズ:まだどうなるかわからないの。どっちに転んでもいいのよ。
ダフネは仰天してロズを見る。「もう帰って!」といいたげ。そこにエディが走ってきて椅子に飛び乗る。
クライブ:やあ、ワン公。犬の名前は?
ダフネ、ナイルズ、フレイジャー、ロズ、マーティンは一瞬、うつろな表情で互いに顔を見合わせる。
全員:エディ!
場面転換

第5場−アパートで。


夕食後。マーティンがおとぎ話の宝庫から素晴らしい宇宙物語を話している。
マーティン:それで俺が船内で5メートルも上に浮かんでいたらさ、どこかのバカが無重力ボタンを切りやがったんだ。それで俺は月の石に使ったでかいつるはしの上に落っこちちまったってわけさ。
フレイジャー、ナイルズ、ダフネは全員、マーティンの広げた大風呂敷にうんざりしている。が、クライブはすっかり引き込まれている。
クライブ:それで今も杖を。
マーティン:ケ・セラ・セラさ。さてそろそろ寝ようかな、みんな。
フレイジャー:ホット・タン・ジュース[訳注:タン=Tangはオレンジ味のジュースで、NASAが宇宙食に採用したことが広告に使われて有名になった]のグラスを忘れずにね。
クライブ:会えて光栄でした、司令官。
マーティン:俺も楽しかったよ。おやすみ、みんな!
全員:おやすみなさい。
マーティンは去る。
クライブ:うまいめしだったよ、ダフネ。[フレイジャーとナイルズはキッチンへ]こんなにたくさん食ったのは久しぶりだ。
ロズ:あーら、それでそんなにいいカラダしてるのね。
ダフネ:ほんと、すごくたくましいわ。[割れた腹筋を触る]ねえ、それにかわいいポンポン。
ロズ:筋トレしてるの?
クライブ:できるときにはね。実際は、店がかなり忙しいんだけどな。
ナイルズ:[皿を下げに割って入る]ダフネと僕は二人だけのちょっとしたエクササイズをやってるんだ。汗びっしょりになるよ、ね?[立ち去る]
ダフネ:信じられないわ、全くの別人みたい。[ナイルズの方角に向かって]全くの別人!!
フレイジャー:[コーヒーポットを持ってキッチンから顔を出す]さあ、コーヒーの人?
ダフネ:お手伝いしましょ。
ダフネはキッチンに入って怒りを爆発させる。フレイジャーは振り返って、厳しい旅に直面。
ダフネ:色目を使うのはいい加減にしろってロズに言ってやって下さい! 既婚女性ってことを忘れてるんじゃないですか?
フレイジャー:君だってそうだよ。ちょっと強めにまばたきしてごらん、ろうそくを吹き消せるよ!
ダフネ:ロズを放り出して下さい、じゃなければガラガラヘビ山はあなたが行くんですよ。
フレイジャー:イヤだ!
ダフネ:あら、おいやなんですか? そうそう、それからスティンキーさんが相乗りしたいんですって。[フレイジャーは息をのむ]
ダフネとフレイジャーは夕食の席に戻る。ロズがクライブの手相を見ているところにフレイジャーが割って入る。
ロズ:愛情線で見ると…、あーん、イケないヒト。
フレイジャー:マリス、君はどうか知らないけど僕疲れちゃった。
ロズ:どうぞお先に帰って。私、ワインをもう少しいただきたいわ。
ダフネ:あら、思慮分別はおあり? 先月気を失ったのを覚えてるわよね?[笑って]あら、私ったら。気を失ったのに覚えてるわけないわね。
ナイルズ:彼女のこんなところが僕は好きなんだ、ユーモアのセンスがあるでしょ。クッキー、食べる?
ダフネ:もういらないわ。[ロズに面と向かって]体重のことを考えなくちゃいけない人がいるし。
ロズ:あらあら、ダフネ。あなたこそもっと力をつけなきゃ。二人分食べなきゃいけないでしょ。
ナイルズはクッキーの皿を落とし、ダフネは激高。
クライブ:お腹に赤ん坊がいるのか?! そんな大事なこと、いつ言うつもりだったんだ?
ダフネ:この話題を持ち出したくなかったのよ。ここじゃちょっとしたタブーだから。だって義姉は不妊症なのよ。
ナイルズ:でも、でも、彼女が悪いわけじゃないんだよ。兄がインポなんだ。
フレイジャーはもう気にしない。
クライブ:…おめでとう。ちょっとトイレ借りるぜ。
ナイルズ:どうぞどうぞ、玄関の横だよ。僕らは「フレイジャー用トイレ」って呼んでるんだ。だからタオルに全部彼のイニシャルが入ってんの。
クライブはトイレに入る。
フレイジャー:みんな頭がどうかしちゃったんじゃないのか?
ダフネ:ロズが言い出したんですよ。彼を独り占めして。
ロズ:いけない? フレイジャーが言うにはそれもこれもあなたが彼を袖にしたいからでしょ。
ダフネ:気が変わったの! 合図していたのに見えなかったの?
ロズ:あーら、気づかなかったわ。きっと気を失ってたんでしょ!
ナイルズ:待って、待って、ちょっと待って、喧嘩しないで、コイン投げで決めよう。[ささっと]いい知らせだ、ロズ!
ロズ:ほーら!
ダフネ:[ナイルズに]ひっこんでて!
誰も気づいていないが、クライブがトイレから出てきていて、ここから先は聞こえている。
ダフネ:考えてもみて、何十人も男をとっかえひっかえしてるくせに、たった一人すら私に残しといてくれないのね。
ロズ:何十人もですって? [フレイジャーに]しゃべったの?
フレイジャー:憶えてて悪かったな!
ナイルズ:それにしても、どうしてあいつのことで喧嘩するの? クリケットのバットくらいの魅力しかないじゃない!
ロズ:そのとおり。ダフネ、分かってるわよね? 彼とくっつきなさいよ。くっついていいわよ、あんたにあげる!
ダフネ:まあ、人を妊娠してるとか言って望みを断ち切っておいてよく言うわね! どうやったらこのクソッタレベビーをなかったことにできるっていうのよ?!
ダフネがクライブに気づく。全員、狼狽して振り返る。
フレイジャー:やあ、コーヒーはどう?
クライブ:いらん。本当にもう行くよ。
ダフネ:だめよだめよ、お願い、あなたがどう思ってるかはわかるけど、そうじゃないのよ。
クライブ:ああ、そうだろうとも。いいか、オレは客だから黙ってた。でも悪いけど、もう黙っちゃいられねえ。あんたたちぐらいとんでもない一家に会ったことねえよ。
[フレイジャーに向かって]あんた。オペラグラスで奥さんとけんか別れ。
[ナイルズに向かって]それから、あんた。ずっと人を見下してこの気取ったアパートを見せびらかしやがって。でもな、正直に言うけど、お宅の風呂に格別いいとこなんかなかったぜ。
[フレイジャーはむっとする。女性たちに]それから、あんたら二人。旦那の目の前でオレといちゃつこうとしやがって、恥知らずめ。
[ロズに向かって]フレイジャーと仲直りしたばっかりなんだろ。
[ダフネに向かって]
ナイルズの赤ん坊がいるんだろ。おめえの子供がかわいそうだよ、ダフネ。それとな、かわいそうなのはもう一人、マンチェスターのかわい子ちゃんが、こんな腐ったような、コーヒーがぶ飲みするソドムみたいなとこに来て、すっかり変わっちまった。それがおめえだよ。
ダフネ:でも私は変わってない! 本当なの、私たち、あなたが思っているようなひどい人間じゃないのよ。
フレイジャー:そうなんだ、本当のことを言うと、今夜、ずっと君に嘘をついていたんだ!
ダフネ:そうなの!
クライブ:もういいよ、これ以上、嘘は聞きたくない。さよなら、ダフネ、マリス、クレインさん、そっちのクレインさん。
あんたたちみたいな奴らが、あんな素晴らしい勇敢な元宇宙飛行士からどうやって生まれたのかさっぱりわからんね。
クライブ去る。

第2幕了 (時間21:11)


エンドロール

フレイジャー、ダフネ、ナイルズが、みな今晩の芝居に疲れ果ててソファに座っている。ダフネがとても落ち込んだままフレイジャーにビスケットを差し出すと、フレイジャーは食べる。ダフネも食べてナイルズにも差し出す。ナイルズは自分のピンセットを取り出して、嫌いなかけらをつつき出してシェリーのグラスに入れる。

KACL780.NET | Terms and Conditions | Privacy Policy | Contact Us
Processed in 0.00158s